2013年6月17日月曜日

「お天気お姉さん」が終わっていた


 最終回はもう見ていたけれど、習慣で今週分(もう先週)のビデオを見ようかと思ったところで、あらためてああ終わっていたのかと思ってちょっと残念。不満は残るけど、楽しみだったし、楽しめた。

 不満はと言えば、冒頭のナレーションに入る「世のため人のため」というのがギャグや一方的な思い入れではなかったというところ。お天気お姉さんには、とことん非人間的な存在であってほしかった(それを通せばこそ、人間の役にも立てるという描き方であってほしかった)。でも、それでは人間世界で放送するドラマにはならないのだろう。

 「非人間的」というと言葉は悪いけれど、私はそれを、前項でも便乗させてもらった夏目漱石の草枕に出てくる「非人情の世界」に重ねている(これだってそのまま読めば十分悪い意味にとられるのだろうけど)。要は、人間の都合や思惑を離れた世界にあるということ。「非人間的」という言葉が悪い意味になるのは、あくまで人間世界の中での話。

 私も人間世界に生きている以上、人間世界の価値を立ててそれに沿うことはせざるをえないし、人間世界では人間世界としての生き方があるとは思っているけれど(「人の世が住みにくいからとて越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう」)、それはあくまで人間世界のことで、人間ぬきの(非人間/非人情)世界の理もあり、人でなしの国は住みにくくても、それでもなお、だからこそ見えるものもあって、それを少なくとも目の端には入れておかないといけないと思っているということ(実は人間世界もその世界の中にあるのだから)。

 そして、その人間の都合とは無関係な世界に、科学は(科学の成果を人間に合わせて使うために人間の風味を加える前のエッセンスの部分は)連なっていると思っている(草枕では芸術の出番になっているが)。お天気お姉さんが、周囲の都合や希望とは無関係に自然現象だけを読むことでむしろ価値を(それを目的としないでいることで、かえって)現していくところに科学を見たかったということで、悪しからず。
 

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